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歴史を個人のドラマに置き換えること

明智光秀の母さつきは、主君織田信長を討った息子の非道を恥じて館を捨て、尼ケ崎の庵室にこもっている。
そこに旅の僧をよそおった羽柴秀吉がたずねてきて、一夜の宿を乞う。
その秀吉を光秀が追ってくる。秀吉が風呂に入ったのを察して光秀が風呂場に槍を突き入れるが、槍にかかったのは母さつき。主殺しの罪を母が引き受けるのだと言い残してさつきは死ぬ。
いちはやく逃げ出した秀吉が、僧衣を軍装に着替えて庵室にもどってきて光秀・秀吉の対決になるが、山崎での決戦を約してその場は引き分ける。

政治、社会、歴史といったものを、人は個人のドラマとして理解する。物語の作者も、そのようにして歴史を描く。川中島の合戦武田信玄の陣に単身切り込んだ上杉謙信の刀を信玄が軍配で受け止めるといった類の描き方がそれ。上の『絵本太功記』尼ケ崎庵室の場では、本能寺の変のあとの戦況が、秀吉個人と光秀個人の直接対決の形で個人ドラマ化されている。

尼ケ崎庵室の場とよく似た場面に、これも芝居の『鎌倉三代記』絹川村閑居の場があり、戦場を一時逃れた三浦之助義村が母と妻のいる詫び住まいにもどってくる。この設定だと、舞台とは別のところで戦闘が行われていることになるが、『絵本太功記』の場面では、戦況の全体が光秀と秀吉の1対1の対決として全面的に置き換えられている。政治や社会は背後に置いて個々人を描くのが物語というものだし、近畿一円の軍事・政治情勢を手狭な庵室の場のできごととして構成するのは演劇の知恵というものだから、この置き換えは非難されるようなものではない。浄瑠璃作者の技量の高さを示す劇化である。

歴史を個人のドラマに仕立てて最も極端な例は、秀吉本人が秀吉の役を演じたという当時の新作能「明智討」ではないだろうか。
- 明智討
「秀吉追い掛けたまいつつ、いずくまでかは逃すべきと、甲のまっこう打ち割りたまえば」とあり、秀吉が自分の手で光秀を討ち取ったことになっている。しかもその役を本人が演じたのだから、これ以上の個人ドラマ化はない。