じつに「じつは」な『戻橋背御摂』

都の守護をになう源頼光の館に上使がやってくる。
頼光は病気で臥せっているため、かわりに奥方の園生の前が応対する。
上使は三田源太広綱と名乗り、頼光が所持する名剣、蜘蛛切りと鬼切りの二刀を差し出せと求める。刀は何者かに盗まれて館にはないのだが、園生の前は「後刻さしあげまする」とこたえて引き伸ばしをはかる。
あれこれあるうちに別の上使がやってきて、はじめの上使と同じ三田源太広綱を名乗り、同じ二振りの刀を求める。

二人の上使の真偽がつかないまま場面が変わって、接待の場になる。上使たちはそれぞれの好みでくつろいでいる。
上手の部屋では最初の上使Aが、長裃のまま鉢巻をしてあぐらをかき、茶碗酒を飲みながら、火鉢にかけた小鍋で料理をしている。
下手の部屋ではあとから来た上使Bが、やはり長裃のまま花盆に山茶花を生けている。 上使Bの部屋に腰元たちが世話をしにやってくると、Bは「女は嫌いだ、近寄るな」といって追い払う。
かわりに頼光の弟美女丸があらわれると、上使Bはごきげんになって美女丸に寄り添う。Bが美女丸のふところに手を入れると乳房が触れて、じつは美女丸は女とわかる。「女でもいいか」とBの気持がかわって、二人はその場でできてしまう。
上使Aの部屋では園生の前がみずから相手をする。酒を飲むうちに、園生の前は窮屈だといって緋の袴を脱ぎ、上使Aも裃を脱ぎ捨てて、この部屋でも二人はできてしまう。

上使A、じつは盗賊の首魁袴垂保輔。
上使B、じつは平将門の遺児将軍太郎良門。
園生の前、じつは用心のため頼光側が立てた代役で、武家のむすめ三崎。
美女丸、じつは頼光配下のむすめ小式部。
袴垂と三崎は、じつはいいなずけ同士であったことが判明して、婚姻の三三九度がはじまるが、そこにかつて袴垂と情をかわしたことのある田舎娘お岩が乱入して、
「ほんにマア、なんの因果で都へのぼり、つらい憂き目に逢うぞいな。やっぱり在所で麦畑の霜ふみつけがましじゃもの。情けない身になったわいナア」
と嘆くが、このお岩がじつは将門のむすめ七綾姫。さらにじつは、すでに前段の荒れ果てた古御所の場で、怪異な姿を現していた蜘蛛の精でもある。
いっぽう美女丸を装った小式部が将軍太郎良門に身をまかせたのは、じつは良門の正体を探るためであったのだが…

鶴屋南北の『戻橋背御摂(もどりばしせなにごひいき)』は、文化10年(1813)に初演された顔見世狂言
あらすじがこちら(戻橋背御摂 - ArtWiki)にある。
ジャンルは通俗史書の『前太平記』から材料をとった前太平記物。このジャンルの基本型は将門残党と頼光ひきいる源氏方の戦いだが、『戻橋背御摂』ではこれに帝位を僭称する髭黒左大臣の一味、さらに盗賊として資金を稼いで天下を握ろうとする袴垂保輔の一味をくわえた四勢力の抗争が描かれる。
そのぶん人間関係もややこしく、しかも登場人物のうち三十人ほどは偽名で登場して、のちに本名を名乗ったり正体を暴露されたりする。初演時の座頭市團十郎は七役をつとめ、そのうち五役が偽名から本名をあらわす「じつは」な人物。七綾姫など四役を演じた岩井半四郎も、そのうち三役が「じつは」。
宝物の争奪も忙しい。蜘蛛切り・鬼切りの名剣、神璽の御宝、雄龍の印、相馬の白旗(繋ぎ馬の旗)、ささがにの巻物、照葉の鏡、薬師如来の尊像。忙しいというより、とりとめがない。劇の中で働きをする宝物もあるから、まったくのマクガフィンというわけではないのだが。
顔見世興行だから話の一貫性は二の次だが、それぞれの場はおもしろく、なかでも、山中の一軒家に諸勢力が集まってきてどたばたやる「栗の木村の場」や、上で一部紹介した「摂津介頼光館の場」などは、独立して上演しても耐えられる中身があり、無言劇の「花山古御所無言の場」も前段を多少おぎなえば一幕物にできる。