『四天王楓江戸粧』一条戻橋の場

袴垂の安(はかまだれのやす)を名乗る男娼が、

アゝ、寒い晩だワ。アゝ、人間は心がらだ。誰あろう平井の保昌が弟平井の保輔ともあろう侍が、どういうことか刃物を見ると、そぞろ髪の立つほど恐ろしくて、いまいましい病。(…)兄保昌が、役に立たずと見限って屋敷を勘当、今では小盗み、小働き(…)

と自分の身の上を嘆きながら、仕事場所の一条戻り橋のたもとに現れる。
さっそく薄明かりのなかで客の袖を引くと、相手は男。
そうと知った安は相手を引き寄せて絞め殺し、財布を奪って、死骸をそばの井戸に投げ込む。

「味な心になったから」と夫を亡くした女が男を求めてやってくる。夫の種を腹に残した産み月まじかの妊婦。
ところが安とともに小屋に入った女は、「こんな器量の若者が男娼とは」と同情して「買うのはやめた」とカネだけ渡し、さらに着てきた着物、帯までぬいで与え、来月子供が生まれたらそれもあげようと言って帰っていく。

やがて身分ありげな老女が現れる。打ち掛けのたもとを安が押さえると、それは母の幾野。「こいつはいられぬ」と逃げかかる安に、幾野は、

これ辻君殿、コリャそなたは年寄りにそちから遊んで行けと言いかけて、ここを逃ぐるは手がわるい。サ、遊んで行きましょうわいのう。

と迫る。安は逃げ腰だが、さらに幾野が迫ると、

ハイ、お遊びなされませ。お屋敷さまのお寝間にはむさい番屋の二畳敷き、掛川呉座に引ききりの枕二つは比翼連理、軒もる月を有明の川風寒き床入りも、ご承知ならばお婆さま、ちょっと遊んでくださりませサ。

『四天王楓江戸粧(してんのうもみじのえどぐま)』は鶴屋南北を筆頭作者とする共作だが、上の「一条戻橋の場」は南北自身の筆と見るのが定説。南北らしい奇想と冗談にあふれた場で、ほかにも、政変で御所を追い出された公卿が新米の男娼として出てきて、

しからば小路にたちあかさん、のんしのんし。
立ち寄りたまえ、乙女の姿しばしとどめん。ヱゝ、なんすなんす。

と、いかにもそれっぽい口上で客を引いたり、坊さんに買われたその公卿が「尻はいやだ」と逃げ出したり、赤ん坊を抱いてやってきた子守むすめが「水揚げ」をしてもらっているあいだに、犬が赤ん坊をくわえて行ってしまうなどの笑いがつめこまれている。

ついでだが、南北は七五調もいい。浄瑠璃の作詞は人まかせだったらしいが、台詞の七五調には俗悪な抒情とでもいうようなものがあり、「ハイ、お遊びなされませ」以下などは読み返すたびに笑える。この引用箇所は流麗でもあるが、力強さが際立つのが南北の七五調。